
課題は、育成の場が足りないことではありませんでした
支援先は、急成長のただ中にありました。人員は毎年数百名の規模で増え、事業の拡大に管理・育成の体制が追いつかない。経営が掲げる最重要テーマは、サービス品質の向上と離職リスクの抑制——この二つの同時実現でした。
事情を複雑にしていたのは、働き方の構造です。メンバーの多くは顧客先に常駐し、上司とは物理的にも心理的にも離れて働いています。上司はメンバーの状態や志向を把握しにくく、マネジメントはどうしても成果の管理に偏っていく。成長を支援する機能が、構造的に働きにくい状況でした。
この課題に対して、社内では二つの部門がそれぞれに動いていました。品質向上の側は、不確実な現場で自律的に答えを出せる人を育てるため「経験学習プロセスの導入」を掲げていました。人材開発の側は、離職の根本原因を関係性の希薄化に見て、学び合う関係をつくり直そうとしていました。
異なる二つのアプローチが、同じ場所に行き着きます。1on1です。
すでにあるものを、どう活かすか
1on1は10年以上前から制度として存在し、9割を超える社員が実施していました。週に一度という人もいれば、月に一度という人もいる。新しい時間を確保する必要のない、組織にすでに埋め込まれた資産です。
一方で、その時間が何に使われているかには、ばらつきがありました。
調査で見えてきたのは、話題が業務に寄りやすいという傾向です。進捗、進め方、抱えている課題。キャリアや成長が語られる場面もありますが、割合としては小さくなります。マネジャー自身も、内省を促す問いかけやフィードバックには難しさを感じていました。
そしてもうひとつ。メンバーの側は、そうした関わりを求めていました。求められているものと、届いているもの——そのあいだに、ギャップがありました。
このギャップは、スキルの不足から生じたものではありません。マネジャーが部下という存在をどう見ているか。人は変わりうると考えているのか、そうでないのか。その前提が問われる機会は、日々の忙しさのなかにはありませんでした。
必要だったのは、新しい制度の導入ではありません。すでにあるものを、定義し直すことでした。
意識・自信・行動の三層に働きかける
設計にあたり、マネジャーの関わりを三つの層に分けて捉えました。人をどう見ているかという「意識」。自分にはできるという「自信」。そして実際の問いかけやフィードバックという「行動」。
3ヶ月にわたる3日間のワークショップを組みました。初日に扱ったのは1on1の進め方ではなく、自分が持つ人間観の可視化です。2日目は、経験学習を促す問いかけとフィードバックの型。3日目は、自分の関わりが機能したという手応えの言語化。
要は、各回のあいだに置いた約3週間の実践期間です。学びの場で納得することと、明日の1on1でふるまいが変わることは、別の出来事だからです。現場で試し、うまくいかず、また持ち寄る。学習と実践を交互に挟むこの構造が、変化を実際に動かしました。

変わったものと、変わらなかったもの
3ヶ月の前後で測定した結果、意識と自信の層に明確な変化が出ました。人は成長しうるという人間観は統計的に有意に上昇し(効果量0.88)、成長支援に対する自己効力感はさらに大きく変化しました(効果量1.15)。効果量は0.8以上を「大きい」とみなすのが一般的な目安で、いずれもそれを上回っています。
行動の層は、一様ではありませんでした。相手に視点を移して考えさせる関わりは大きく増えた一方(効果量1.24)、フィードバックの頻度そのものには変化がありませんでした。ただしインタビューからは、頻度ではなく伝える範囲を絞るという、質の変化が起きていたことが分かっています。
メンバー側の変化は、限定的です。3ヶ月という期間では、部下が受け取る印象の全般的な指標は動きませんでした。唯一、視点移動を促す関わりについてのみ、有意な変化が確認されています。上司の内面が先に動き、その一部が現場に届きはじめた——そういう段階だと考えています。
最も印象に残ったのは、インタビューで語られた変化の質でした。マネジャーたちは、新しい信念を獲得したわけではありませんでした。多忙のなかで埋もれていた「メンバーは成長できる」という本来の信念を、思い出していました。そしてその信念が、「だから教え導く」ではなく「信じているから、答えを言わずに待つ」という役割の認識に結び直されていました。
あり方が動いたから、やり方が動きました。順序は、逆ではありませんでした。
この取り組みについて
本プロジェクトは、立教大学大学院 経営学研究科 リーダーシップ開発コースにおける実践研究として、課題の設定から効果の測定までを一貫して設計・実施したものです。
何をどう変えたのかを測る。そして、変わらなかったものも含めて記述する。その姿勢を、Oxymoronは事業の中核に置いています。
